【呉服(529)の日】クレハとアヤハの織姫伝説

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オトナ和服のユキ 年間200日和服生活 和服生活を通じて積み重ねた知識、日本のこと、季節のこと、行事のこと、名字のこと、家紋のこと、和服のことなどを発信しています
ユキ
5月29日は呉服の日です。今はあまり呉服ということばを使わなくなってしまいましたが、呉服がつたわってきたころの歴史をさかのぼってみたいと思います。
なでしこ
織姫の伝説があるんですよね!ワクワクします(*^^*)

呉服と関連深い織姫伝説について3分で確認

オトナならぜひ知っておいて欲しいこと。 教養、常識、マナー、伝統、
子供にみせていきたい姿を 日々わかりやすく紹介していきます(*^^*)

発行者:onomik  オトナの気軽に和服レッスン主宰 かつた ゆき

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5月29日 【呉服(529)の日】
★ときは三国時代…【呉】の国より伝わったものが呉服だった
★夜も星が手元を照らしてくれた!クレハとアヤハの織姫物語☆
★忍者だけではない、過去に活躍した服部さん
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文章で読む方は以下から読み進めてください▼

 

ときは三国時代…【呉】の国より伝わったものが呉服だった

呉服はもともと、着物のように縫いあがったものではなく、織物のことで、中国から日本に伝わりました。

 

三国時代の【呉】の国から伝わった【機織り(はたおり)=はとり】で、当時は同じ漢字でも、呉服(くれはとり)と呼ばれていました。

 

その頃日本では、植物を素材とした【麻】、【綿】の織物が一般的でしたが、伝わってきたのは機織りと、絹を織る技術です。

 

その技術が伝わったことで、現在日本人の民族衣装である着物がより、繊細で細やかなものになりました。

 

現在の大阪府池田市にその痕跡が多々残っており、池田市の市章は、糸を染めた井戸と糸巻きが組み合わされたマークになっています。

 

夜も星が手元を照らしてくれた!クレハとアヤハの織姫物語☆

中国から伝わった機織りの技術には、織姫伝説があります。

以下、わかりやすく現代語訳してみました(*^^*)

その昔、応神(おうじん)天皇の時代、呉(ご)の国から、

呉織(クレハトリ)、漢織(アヤハトリ)の二人の織姫が

機織りや染色の技術を日本に伝えました。

織姫の技術は、卓越しており、模様織りが一般的ではなかった時代に

植物や動物の柄まで自在に織りなし、衣服に革新をもたらしたそうです。

 

たいへんな働き者で、昼夜問わず、機を織っていましたが、

夜には星の光がふたりの手元を明るく照らし

機織りの手助けをしてくれたと言われています。

 

後に功績が称えられ、その地は

“呉織の里”(クレハのサト)

とも呼ばれるまでになりました。

 

織姫が亡くなった後は、

呉服(くれは)神社に呉織(クレハトリ)を、

伊居田(いけだ)神社に漢織(アヤハトリ)を

祀っており、現在でも全国から衣料関係の参拝者が訪れるそうです。

応神天皇について
第15代天皇。仲哀天皇を父、神功皇后を母に持つ。出生について諸説あり。八幡神と同一視され、多くの神社に祀られている。神社では、誉田別尊(ほむたわけのみこと)の名で祀られていることも多い

 

実際に呉羽神社を訪れてみた

この織姫伝説を知ってから、是非空気感を感じてみたいと思い、

2019年7月に呉羽神社を訪れました。呉羽神社HP

神職さんとお話しましたが、とても気さくな方で、

夏越の大祓が6月末ではなく、7月中旬にあることや、

敷地内の恵美須神社のことも教えてくださいました。

 

場所は大通りからほんの少し入った位置にあり、

周囲は静かで、小さな水路があったのが印象的でした。

呉服を染めたり洗ったりするには水は欠かせませんもんね!

また、近くに幹が曲がった松があり、

昔は松の木をはじめ、自然にあるものを活用して美しいものを

作り上げていたんだなぁと感じることができました。

全体ではないですが、当日のコーデも少しだけ載せておきます。

7月だったので日傘がないと耐えられませんでしたが、

やはり神社の敷地内は神聖で、あまり暑さを感じませんでした。

(本来でしたら白衿、白足袋、草履かもしれませんが、いつも通りの色足袋と下駄…)

 

 

忍者だけではない、過去に活躍した服部さん

 

少し話がズレるように感じるかもしれませんが、わたしたちの名前にも

その一族の職業を由来とするものがあるのでご紹介します。

「服」を使用した苗字と言えば、服部さんですね!

 

戦国時代、伊賀の忍者として活躍した【服部半蔵】が超有名ですが、

服部一族の名前の歴史は大和朝廷にさかのぼります。服部さんは、

名が表すとおり、服に関係するお仕事を由来とする一族なのです。

 

当時、絹を織り、布にする機織りをする人を、機織部(はたおりべ)と呼んだことから

はたおりべ→はたおり→はとり→はっとり

と変化し、現在の服部になったそうです。

名前と職業って密接に結びついていることが多いんですよ~(*^^*)

 

まとめ

いかがでしたか?

呉服の日ということで、呉服業界では様々なイベントが

例年行われていますが、

語呂だけでなく、そのルーツを辿ってみると

日本の文化や歴史を垣間見ることが出来て

自分が歴史の上に今、存在していることを考えさせられ、

人生に深みが出てきます(わたしだけ??)

日頃全く意識しないことでも、

実は深い意味が含まれているということがわかると

いちいち感激してしまいます(わたしだけ??)

もしこの記事を読んでいらっしゃる方の中で服部さんがいらっしゃったら

ご自身の【服】について、ご先祖様が【服をつくってきたことについて】

想いを馳せてみてはいかがですか?

 

服に対する捉え方が変わるかもしれませんね(*^^*)

 

今日は呉服から話を展開しましたが、

わたし自身は和服を着る前に比べると、

日本人本来の美意識にアクセスしやすくなり、

日本のことに興味を持ち、日本が好きになり、

自分が日本人で本当に良かったと思うことができて

人生ひとりではない、過去の人や歴史ともつながっていると

強く意識出来るようになりました。

 

文明が発達して便利な世の中になっていますが、

便利な生活の中にも日本人の誇りと美意識を取り入れた

生き方をしていきたいと思っています。

 

和服のことでわからないことがあったらお気軽にご相談ください。

あなたが思ったよりも簡単に着ることが出来ますよ(^_-)-☆

それでは、本日も最後までお読みいただき誠にありがとうございました!

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